明日への扉

「いやー、今日は楽しかったわー」
「まったく、聖ったら。祐巳ちゃんに申し訳ないと思わないの?」
 まるで悪びれたところのない親友に、蓉子はあきれ顔で呟いた。卒業式を間近に控えた聖のことを心配していたのに、本人があまりに飄々としているように見えて、ちょっとしゃくに障ったのも手伝って、つい責めるような言い方をしてしまう。
「まあまあ、いいじゃないの。私たちのためのパーティなんだから、それはそれとして思いっきり楽しむのが、主賓としてのマナーってもんよ」
 そう言い放つ聖の表情は、半ばスクールコートの立てた襟に遮られてうかがえない。
「それに最近の私は、心の底から笑いたい気分だったんだ」
 その一言で、心臓が跳ねた。わずかに見える目は、ただ無表情にじっと窓の外を見つめていて、内心を伺わせるようなものを映しだしてはいない。
「聖、あなたまだ……」
「誤解しないで。私は大丈夫」
 そう言われてしまうと、それ以上なにも言えなくなってしまって、蓉子はせめて自分が雰囲気を悪くすることだけは避けようと、落胆を表に出さないように努めた。
 蓉子はこういうとき、あの人の事を考えずにはいられない。聖のお姉さま−−先代のロサ・ギガンティアなら、どうしただろうか。あの人と同じ年齢になった今も、あの人のように上手に人と接することができない。そのことが歯がゆくて仕方がない。
 せめて沈黙を埋めてくれる誰かがいればいいのに。黄薔薇ファミリーは全員徒歩通学だし、祐巳ちゃんはバス、志摩子と祥子は逆方向の電車だ。いつも感謝している組み合わせが、今日は恨めしかった。
「あの時、お姉さまがどんな気持ちで卒業していったか、今ならわかる気がする」
 いままさに考えていた相手のことを、聖は急に話題に出した。
「あのとき私は、お姉さまに置いていかれるように感じていたけど、残していく側もつらいんだね。自分がいない所で幸せになることを祈るしかできないなんて」
「聖……」
「私がお姉さまにしていただいたことの半分も、志摩子にはしてあげられなかった」
「あなたと志摩子はいい関係だったと思うけど?」
「そうだね。それに、いろいろとお節介を焼いてくれた人もいたし?」
 そういって笑う親友に、上手な答えを探しあぐねて曖昧に微笑む蓉子。その蓉子を、聖はそっと抱きしめた。
「ちょっ、ちょっと、聖。こんな所で……」
「ありがとう、蓉子、好きだよ」
 耳元で囁かれて、頬が熱くなる。それを隠したくて、ついつい乱暴に聖の腕を振り払ってしまった。
「もう、こんな所でふざけないで」
「いやー、ごめんごめん。つい衝動的に」
「まったく、祐巳ちゃんにだけかと思ったら。私にまで……まさかこんな事あちこちでしてないでしょうね、聖」
「あれー、やきもちかな?」
「なに言ってるの。山百合会幹部としてこんな事をあちこちでされたら困るから聞いてるのよ」
祐巳ちゃん以外では蓉子だけだよ」
「もう……っ」
 また顔が赤くなるのを見られたくなくて、思わずうつむいた。
「蓉子には卒業前にきちんと言っておきたくてさ」
 聖がそんなことをまたもや耳元で囁くものだから、蓉子はよけい顔を上げられなくなってしまったのだった。


卒業

 卒業は次の次ですかねー。遊園地だけで一冊まるごとというのもちょっと辛い気もしますけれど。送辞答辞は志摩子さん祥子さまでしょうか。なんとなく。
 しかし今回は難産でした。自分の力不足を痛感。蓉子さま好きなんだけどうごかしづらい...
 というわけで、メールでの投稿テストを兼ねてこんな時間に更新。ついでに時間指定投稿もしてみる。