やどり木

祐巳さんは祥子さまのコートを脱がした太陽みたいだなって、そう思ったんです」
「とすると、私たち三年生は北風か」
「そうなりますね」
 少し下校のピークをかなり過ぎた校内は、それでもいつもの同じ時間帯よりも静かだった。学園祭の代休を挟んだ火曜日。授業はもう日常に戻っているのに、生徒たちの間には、そこはかとなく、祭りの後の虚脱感が抜けきらず残っている。そのせいか、部活動で残っている生徒の数も少ないようだった。
志摩子は、祐巳ちゃんのこと好きでしょ?」
「お姉さまこそ、祐巳さんのことがお好きでしょう?」
「お、よくわかったねえ」
 マリア様の前で、二人は足を止め、手を合わせる。今日も一日、つつがなく過ごせたことを感謝し、見守ってくださったマリア様への賛歌を心の中で歌う。
 志摩子が手を下ろし、目を開けて振り返ると、いつものように先にお祈りを終えた聖さまが待っている。
「でも……そうだなあ、昔の私だったら、嫌っていたかもしれない」
 不意に聖さまが呟いた言葉が、祐巳さんのことを指してるのだと気づくのに、一瞬、間があいた。その間をどうとったのか、聖さまは補うように言い足した。
「嫌う、というのとはちょっと違うかもしれないなあ。怖い、という方が近いかも」
「まあ、お姉さまにも怖いものがあるんですか?」
 わざと軽い感じで返す。聖さまはそれを知ってか知らずか、ふふふ、と含み笑いをもらした。
「言うようになったねえ志摩子も。おっ、あれに乗るよ!」
 小走りに駆け出した聖さまの背を、志摩子は慌てて追いかけた。
 バスには他に数えるほどの乗客しかいなかった。聖さま志摩子は、二人がけの座席に並んで腰掛けた。無理に話題を探すでもなく、付かず離れず、ベタベタはしないが、相手の体温を感じられる程度には近い、そんな距離感が、志摩子には心地よい。
「昔の一里塚にはさ、木が植えてあったんだ。冬にも葉の落ちない、常緑樹が」
 窓の外の秋景色を眺めながら、聖さまはぽつりぽつりと呟いた。
「旅人はその木の下で、雨や陽射しをしのぎながら、お互いの旅の話をする。たとえ雨がやまなくても、旅人はいつか、自分の旅を続けるためにそこを去らなくちゃいけないんだけど」
 旅人とは私たちのことだ。北風の前に、身を寄せ合いながら、けしてコートを手放すことのない。姉妹になったあのときから、あるいはひょっとするとそれ以前から、志摩子にはわかっていた。二人はお互いの太陽にはなれないことを。だから二人はお互いを選んだ。太陽の下にすべてを晒されるよりも、秘密を覆い隠す優しい闇に憩うことを。
 でも……聖さまは「けど」とおっしゃった。志摩子祐巳さんの中に見たものを、聖さまもまた見いだしたのだろう。だから志摩子は、その先を聞くのが怖かった。その願いが通じたかのように、聖さまはまた沈黙の中に閉じこもった。
 さっきまでは心地よかった沈黙は、すこし重くなって二人の間をゆらゆらとたゆたっていた。

同一の主題による変奏曲

 マリみての作劇技法の一つで、けっこう多用されてますね。最近刊行順に読むのに飽きて、無印→特別でないただの一日、という感じで、祐巳1年次と2年次の同一時期の話を続けて読んだりすると、余計にそれを強く感じます。似たようなシーンを挿入することで、作者もそこらへんを強調するように書いてたりするし。