Fleur de Fleurs

志摩子さんが変って、どんな風に?」
 祐巳が聞き返すと、乃梨子ちゃんは紅茶のティーバッグをカップに放り込みながら話を続けた。
「なんとなく元気がないし、心ここにあらずという感じで。それに、一人で講堂の裏の桜をぼーっと見てるって、これは瞳子が見たそうですけど」
 コポコポとカップにお湯を注ぐ音を聞きながら、祐巳はずいぶん前に誰かと似たような会話をしたような気がして、必死で記憶の底をさらっていた。
「あの、祐巳さま? その何かを引っ張るような動作はなんですか?」
「ちょっとまって、いまいいところだから」
 ずるずるずるずる。
「あ」
 そうだ、あれは一年前のちょうどいまごろの話だ。祐巳はあのとき由乃さんから聞いた情報を、乃梨子ちゃんに教えてあげた。
「はあ、お姉さまと佐藤聖さまの思い出の桜ですか」
 乃梨子ちゃんは祐巳ティーカップを差し出しながら、とても複雑な表情をしてみせた。そこに見えた感情が、どれもあまり好ましいものではなかったので、祐巳はあまり役に立つ情報じゃなかったかな、と不安になった。

 これはただの嫉妬じゃないのか? 乃梨子は何度目かの自問自答を、また心の中で繰り返した。そのたびに出る答えは一緒なのに。
 嫉妬が全然ないと言えば嘘になる。しかしそれだけではなく、お姉さまに元気が無ければ妹が心配するのは当然のことではないか。しかし、講堂に近づくにつれて、足取りはいよいよ重くなっていった。
 地面には薄紅色の小さな花びらがちらりほらりと落ちている。建物の角を曲がって顔を上げると、記憶の通りに一枝はみ出した桜が顔をのぞかせていた。
 前に進もうとしない足を奮い立たせて角を曲がる。その瞬間、乃梨子は息をのんだ。
 林立する銀杏の中に、ただ一本、花を咲かせる染井吉野の下で、はらはらと舞い落ちる花びらを、マリア様が身じろぎもせずに受け止めていた。
 志摩子さんはあのときと同じように美しかった。一年前、始めてここで出会ったときの気持ちが蘇って、胸から溢れそうだった。でも、あのときと同じ憂いの表情をそこに見つけて、乃梨子の心はちくりと痛んだ。自分との一年間の姉妹関係も、志摩子さんの憂いをとりさることはできなかったのか。
「あら、乃梨子
 振り返って言った言葉は、一年前とは違っていた。
ごきげんよう、お姉さま」
ごきげんよう
 思い切って聞いてみようと思ってここに来たのに、志摩子さんの顔を見た瞬間、決意が鈍ってしまった。
乃梨子、顔が赤いわよ、熱があるのかしら?」
 志摩子さんの手が、額に当てられる。すこしひんやりとして、頭に上っていた血がすっと収まって、気持ちが落ち着いた。
「熱はないみたいね」
志摩子さんこそ、最近ちょっと元気ないみたい」
 志摩子さんは目を細めて微笑した。
「まあ、乃梨子にはわかっちゃうのね。なるべく顔に出さないようにしていたのだけど」
「妹だから」
 不意にふわりとしたものに包み込まれて、それが志摩子さんに抱きしめられたのだということに、一瞬気がつかなかった。
「去年の事を思い出して、そうしたらちょっと寂しくなってしまって」
 やっぱり。志摩子さんは佐藤聖さまとの別れを思い出していたのか。胸がきゅっと締め付けられる。
「去年、乃梨子と出会ったのも、この桜の下だったわね」
「え? うん。うん、そう」
「そのことを思い出したら、乃梨子にも妹ができるんだって思って」
 なんだか予想もしていない志摩子さんの言葉に、乃梨子はとまどいを隠せない。
「そうしたらなんだか、寂しくなってしまったの。おかしいわよね。私はお姉さまとして、本当ならば乃梨子に妹を作るように諭さなければいけないのに」
「そんなことない。別に無理に妹をつくらなくたってやっていけるよ。志摩子さんがいやなら、妹なんていなくていい」
 志摩子さんは乃梨子を抱いていた腕をほどき、乃梨子の顔を正面から見据えた。
「そうじゃないの、乃梨子
 志摩子さんの瞳があまりに真剣だったので、乃梨子はそれ以上の言葉を飲み込んだ。
「私は乃梨子が妹になってくれたおかげで救われた。乃梨子と一緒で、とても幸せな一年だったわ。だからあなたにも、妹を持ってほしいの」
「……志摩子さんはずるい」
 志摩子さんは首をかしげる
「そんな風に言われたら、いやって言えないよ」
 志摩子さんはもういちど乃梨子のことを抱きしめてくれた。乃梨子は欠けてしまった何かを埋めたくて、むさぼるように志摩子さんのぬくもりを求めた。



間が空きすぎ

 白薔薇です。白薔薇は二次創作界隈では、なぜかえろえろ担当ということにされてることが多いですね。タイトルはふと目に付いた香水から。もう廃盤になっちゃったけど、いい香水でした。
 ところで、気がつけば二週間もSS書いてなかったですよ。怖いですね。それというのも11日に買った某エリートのせいです。こんなほそろしいものを買わせたエロい人には謝罪と賠償を求めたい。