イタリア遺聞

「シズカ、午後の授業は取ってるの?」
「ええ、でもこの手紙を出してくるから、先に教室に行ってて」
 静は肩越しにエアメールをひらひらさせながら、リズミカルに階段を駆け下りた。

ごきげんよう志摩子さん。イタリアの生活にも少し慣れてきました。わたしは今、移民向けの初級イタリア語教室に通っています。学校のない時間はTVを見たりして、とにかくイタリア語漬け。片言でもいいので最低限の会話ができるようにならないとね。
 日本を離れる前にあなたに言おうと思っていて、言えなかったことがあるの。あのときのわたしでは、どうしてもこの思いを言葉にすることが出来なかった。イタリアで生活して、ようやくあなたに伝える言葉を綴ることができそうです。
 あなたの信仰は純粋にあなたの内側から生まれたもので、なにかの代償ではないし、なにかを犠牲にする必要もない。人が他人との交わりを欲し、それを失うことを恐れるのは、あたりまえのことなの。人間性への寛容さのない宗教は、非常に狭量なものになるでしょう。でもカトリックのお膝元であるここでは、人間が人間であることは当然のことで、恥じるべきことでも忌むべきことでもありません。それは赦されるものです。志摩子さんが自分の抱えるものの重さに耐えられなくなっても、あなたの周りには支えてくれる人たちがいることを忘れないでください。
 なんでこんなおせっかいを、と自分でも思わないではないけれど、ひょっとするとお姉さまが妹の世話を焼きたくなる気持ちってこういうものかしら。志摩子さんもすてきな妹ができるといいわね。それでは、ごきげんよう
 追伸。今年もリリアンの修学旅行はイタリアなのかしら。もしそうなら、どこかで会ってお話がしたいわ』


「シズカ、ずいぶんと嬉しそうだったけど、日本に残してきたボーイフレンドに手紙出したの?」
 息を切らして教室に駆け込んだ静に、級友がからかうように声をかけてくる。
「ううん、違うわ。かわいい妹に」
 釈然としない顔の級友を煙にまいて、静はからからと笑った。

白薔薇

 5月末ぐらいを想定して書いてみました。白薔薇って聖志摩も志摩乃梨もロザリオの授受はしたものの、姉妹という制度の埒外にある関係だなーということで、それならロザリオこそやりとりしないけど、制度本来の、妹を導く存在としての姉の位置に静さまを置くのも異端的で白薔薇っぽいんじゃないの、というSS。