溺れる者は藁をもつかむ
「知ってた、ですってえ!」
由乃は菜々にずいっと詰め寄った。
「それじゃあ、なんで知らないフリなんかしたのよ!」
放課後、他のメンバーがそれぞれの都合で遅くなるというので、由乃と菜々が珍しくふたりきりで人待ちをしている時のこと。
令ちゃんとは家に帰ればいつでもふたりきりになれたし、それがまた当然でもあった由乃にとって、ふたりきりになれるだけで嬉しいという感覚は、とても新鮮だった。そんな上機嫌さがうっかり口を滑らせたのか、つい引き金となる一言を漏らしてしまったのだ。
「それにしても、黄薔薇革命の話題も、中等部までは広がっていなかったのね。私を知らない生徒がいたなんて」
「ごめんなさい、お姉さま。わたしあのとき、お姉さまのこと知ってたんです」
悪びれた様子もなく、菜々はいたずらっぽく笑いながら、さらりと爆弾を投下してきたのだった。
「それで、どうしてあんな事をしたのか、思い当たったかしら?」
由乃は腕組みしてファイティングポーズ一歩寸前で踏みとどまってはいるが、どうしても言葉がとげとげしくなる。
あの後すぐに祐巳さんが騒がしく階段を登る音が聞こえてきて、その場では問い詰められなかったが、その日の帰り道、いつもなら校門を出て、徒歩の由乃が別れるというところで、由乃は菜々を呼び止めて問いたださずにはいられなかった。
「そうですね。ちょっとくやしかったのかも」
「くやしかった?」
「だって、あのときのわたしはわらしべでしたもん」
「わ、わらしべ?」
菜々の会話は、ときどき中間をすっとばしていきなり結論が出てくるので、ついて行くのに苦労することがある。そういうところ、認めたくはないが江利子さまに似ている。
「ええ、おぼれかけていたお姉さまが、たまたまつかんだ名もないわらしべ」
なるほど、そういうことか。由乃は返す言葉もなかった。
「でも今は、あのときの偶然にも、江利子さまにも感謝しています。そのおかげで、お姉さまとこうして姉妹になれましたから」
菜々はふわりと笑って、胸の上からロザリオに手を当てた。
まったく、なんで菜々のひとことひとことで浮いたり沈んだりするのだ。姉たるもの、妹の言葉にいちいち動じたりせず、悠然と構えていなくてはいけないのだ。そう思いながらも、由乃は頬が緩むのを抑えられなかった。