雨の日と月曜日は

「つらいときには泣いてもいいのよ?」
 祥子の答えは、果たして蓉子の予想通りのものであった。
「いいえ、大丈夫ですわ、お姉さま」


 あと少しで手の届きそうだった祥子の心は、巣穴に隠れたハリネズミのように、容易には手の届かないところに行ってしまった。
「祥子……」
 蓉子は祥子の肩をそっと抱き寄せた。逃げていってしまった心の代わりにはならないのに。
「なんとなくわかっていましたから。志摩子ロサ・ギガンティアがいいんだって」
 そう言葉にはするものの、断られてショックを受けていないということはないだろう。姉妹になって1年あまり、すこしずつ鎧をはぎとってはきたものの、まだ祥子は重い鎧を着込んで、何かと戦い、何かを受け入れられずにもがいている。それがなんなのか、未だに蓉子にはわからない。こんな時、蓉子は自分の人間としての未熟さを痛感させられる。先代の薔薇さまたちなら、もっと上手に接することができただろうに。
 あの方たちなら、こんなときどうしただろうか。蓉子は脳裏に、去年の記憶を浮かび上がらせてみる。あのときお姉さまは確か……
 嘆息を漏らしそうになる唇を、蓉子はぐっとこらえた。あのときお姉さまも、こんな思いでいらっしゃったのかしら。手の込んだ悪戯。そう、それは悪戯には違いないけれど、そこにはいくつもの思いが込められていたのだ。ああ、自分はやはりまだまだ未熟者だ。
 笑い出したい気持ちと泣き出したい気持ちが半分ずつ混ざって、きっと今の自分は変な表情をしているに違いない。祥子に気づかれる前に、蓉子は顔の筋肉を引き締め、無表情を装いながら、頭脳をフル回転させ始めた。
 妹選びだけは、姉であっても−いや、姉だからこそ−手を貸すわけにはいかない。どうすることもできないことだ。だが、迷っている妹の背中を押すことはできる。
「さあ、これから忙しくなるわよ。山寺のお手伝いが終わったら、すぐに自分たちの学園祭。祥子にもバリバリやってもらいますからね」
 立ち上がって祥子を見おろすと、祥子の表情が、一瞬それとはなしに曇ったのを、蓉子は見逃さなかった。まずはこの男嫌いを利用させてもらおう。なるほど、心に湧き上がるこのワクワク感は、3年生にならなくては味わえないものだ。その立場になってみなくては感じることのできない喜びを、祥子も妹を持つことの幸せを味わって欲しい、そう思いながら、蓉子は薔薇の館へ歩き出した。

先代話

 三題噺ではありません。いちおうトリコロール完成。白はカニーナだし黄色はまだ原作では妹になってない菜々だし紅は蓉子さま視点だし、という変則的三色旗ですが。なんでだろうか、自分でも理解不能だ。