Formentera Lady

 島津由乃は悩んでいた。令ちゃんを挟んでのロサ・フェティダこと鳥居江利子さまとの真剣勝負。その最後に、江利子さまはとんでもない難問を投げかけて来た。
 イエスと答えてもノーと答えても、由乃にとっては敗北を意味する。今までの勝負は、すべてここに持ち込むための前フリであったか。黄薔薇め、謀ったな!
 江利子さまはそれはもう楽しそうに口の端を持ち上げて、由乃の答えを待っている。こうして答えに窮する由乃を見ることもまた、江利子さまにたのしみを提供しているのだと思うと、余計に腹が立つ。
「私は令が好きなものなら、それだけで好きになれるわ。だから、由乃ちゃんのことも大好きよ。由乃ちゃんは私のこと、好き?」
 なにが腹が立つって、令ちゃん江利子さまを好き、というのが前提なことで、それがおそらく事実であろう事が、それに輪をかけるのである。
 しかし、どちらも負けであるにしろ、令ちゃんを巡る争いのほうが大事である。どうせならば、令ちゃん以外には滅多に見せないとっておきの笑顔もセットでくれてやらぁ、と旗本に向かってタンカを切る一心太助の覚悟である。
「私も江利子さまのこと、大好きですわ」
 不思議なことに、言葉にしてみると、それは不快ではなかった。むしろ胸にすとんと降りてきて、心のどこかにぴったりとはまって落ち着いてしまった。もちろん、一番は令ちゃんで、それはどんなことがあっても変わることはない。私は江利子さまのことが好きだったのだ、と、言葉にして始めて自覚した。だからつい、二度も好きって言ってしまった。
「ええ、本当に大好き」
「ふふ」
 江利子さまは、相変わらず面白いものを見る目つきで由乃を見ていた。
「私にこんな真っ正面から挑んできたの、二人目よ。おかげで高三の一年間、退屈しなかったわ」
 なんだそりゃ、退屈しのぎか。しかしよく考えたら、この人は人並み外れたレアもの好き。つまり由乃のことを、令が好きな相手だからというだけではなく、好きと言いたいのだろうか。まったく正直にものを言わないんだから。
「令のこと、よろしくたのむわね」
 なんて平凡なことは言わずに、用は済んだとばかりに、江利子さまはさっさと薔薇の館の方角へ歩き出す。レアもの好きのロサ・フェティダは、自分もかなりのレアものということを自覚しているのだろうか。
 続いて歩きだそうとしたとき、江利子さまが唐突に振り返った。
「特に、心臓の手術をしてからの元気な由乃ちゃんが好きよ」
 そう言った江利子さまの顔には、優しい、そしてどこか寂しげな微笑みが浮かんでいた。
 ずるい。
 そんな顔されたら、こっちも泣きたくなるじゃないか。
 でも、絶対に泣いてなんかやらない。出て行ってくれて清々するって感じで、とびっきりの笑顔で送り出してやるんだ。

Roads of the Lady

 三薔薇さまって発言や行動が常に複線的で、本心を韜晦しつつ自分の計算通りに事を運ぶ策士ですよねー。タイトルはインプロビゼーションの精華、King CrimsonのIslandsから。ちょうどBGMに聴いていたからかもしれないし、謎めいて艶やかで進化しつつ螺旋なところが江利子さまっぽいからかもしれない。