Please, Mr.Postman

「はぁ」
 これで今日、何度目のため息だろう。数えるのもばかばかしくて、それならいつまでも未練がましくそんなことをしてなければいいのに、瞳子は何度も机のなかのものを取り出しては、そこに書かれた文字を追ってしまうのだ。

 机の上に並べられた封書とはがき。
 はがきは年賀はがき。年が明けたのに、出すことができなかった。いや、あの人とはクリスマスのあの日に切れたのだ。
 住所録をわざわざ確認しなくても、そらで書ける。何気なくあの人が漏らした『家に来れば?』という一言をつい忘れられなくて、住所録でわざわざ調べて生徒手帳に書き写した。
 そのたった十何文字かが、どれほど心の支えになったろう。演劇部の部員たちが向ける視線にはまだ棘があったが、そこに行けば、私を迎えてくれる人がいる。そう思うだけで、以前よりずっと楽な気分でいられた。だからあの日、家を飛び出して、半ば無意識に救いを求めて、その住所の近所まで行ってしまった。
祐巳さま」
 ふとつぶやいた声は、自分でもびっくりするほどかぼそく、弱々しかった。だから、その声に応えるように、二階の窓に祐巳さまが顔を出したとき、瞳子は思わず逃げ出してしまったのだ。
 引き返す途中、祐麒さんに出会ってしまった。半ば強引に、祐巳さまのお宅に連れて行かれてしまったが、心の準備をする時間があったので、自分の演技は完璧だったはずだ。だから、祐巳さまは、優お兄さまから事情を聞いていたはずだ。だからあんなことを言い出したに違いない。
 あのとき祐巳さまは、ロザリオを輪の形に広げて、瞳子の首にかけようとしていた。あのまま「はい」と言えば、あれを首にかけてもらえば、祐巳さまとスールになれたのだ。
 けれどあの時、自分ではどうしようもないいくつもの感情が絡み合い渦巻いて、祐巳さまのロザリオを拒絶した。拒絶しただけではない。わざと祐巳さまを手酷く傷つけるように振る舞った。そうすることで、自分も傷つくとわかっていたのに。
「はぁ」
 これで今日、何度目のため息だろう。瞳子は白いはがきから赤い洋封筒に視線をうつした。中にはワープロ打ちされたシンプルなメッセージカードが入っていた。そこに記された日付は今日のもので、素直に招待を受けていれば、今頃は自分も小笠原家にいたはずだ。
 そこにはきっと祐巳さまもいるはず。祥子さまが祐巳さまを招待しないはずがないから。自分がいたら、きっと祐巳さまは心楽しいはずがない。だから行かない。そう決めたのに。どうしてこんなにも未練がましいのだ。
「嘘」
 もう一人の自分がつぶやく。行かないのは祐巳さまのためじゃない。怖いのだ。祐巳さまに何事もなかったかのように振る舞われても、自分の顔を見たとたんに泣き出されても、どちらの場合も、自分はきっと平常心ではいられない。きっとまた、周りの人間も自分自身も傷だらけにしてしまう。だが、一番こわいのは、あれほどの事をしたにもかかわらず、祐巳さまが自分を赦し、受け入れてくれるのが怖かった。なにもかも捨ててすがりついてしまいそうで。ふんわりと柔らかいものに包まれて、暖かな懐の中で、甘い夢を見て過ごせる。そんな自分を、瞳子は許せそうになかった。だから、行けない。
瞳子ちゃん、ごはんよ」
 ドアをノックする音が、瞳子を思考の渦から引っ張り出した。お手伝いさんのいない正月は、さすがに母親が自分で呼びに来る。瞳子は慌てて手鏡で自分の状態をチェックし、表情を作る。お正月にふさわしい、楽しげな表情を。

好きなタイプ

 幸せになることに臆病といいますか、幸せに懐疑的で、自分には手が届かない、あるいは自分が手に入れてはいけないと思いこんでいて、それでも求めずにはいられない。自分はどうもそんなキャラが好きらしい。ふと思い出してみると、好きだったキャラがみんなそんな感じ。
 一年生続きというか、瞳子ネタ二連発。新刊出るまでに書いておこうと。新刊ではぜひ瞳子視点で、レイニーブルーからの心の動きを追って欲しいところ。こんだけ視点の切り替わる小説で、大扉小鍵までずっと瞳子視点を敢えて避けてきたってことは、そういう構想もあると期待したい。